<オメガトライブ>のコンセプトは、
リインカーネーション(輪廻転生)です

__藤田プロデューサーの音楽的背景についてお聞かせいただけま せんか。 藤田:私は幼い頃からヴァイオリンを演奏し、クラシック音楽に親 しんでいました。そしてエルヴィス・プレスリーやポール・アンカ でポップスに目覚めた後、ビートルズの出現に衝撃を受けギターを 弾くようになります。1960年代の中期はG.S.ブームの中、<アウ トキャスト>のメンバーとして活動し、作詞や作曲も手がけるよう になりました。そして1970年代になるとブリティッシュ・ロック やモータウン・サウンドに傾倒しました。 __藤田さんは<レイジー>や<角松敏生>をプロデュースしてお られましたが、その後、<杉山清貴&オメガトライブ>の前身<き ゅうてぃぱんちょす>とはどのようにして出会ったのでしょうか? 藤田:当時、私は自分の目指す音楽を表現することができるグルー プを探していました。1980年代の初期、日本には洋楽を聴いてき た自分にとっての聴きたい音楽がなかったのです。私が目指したの はA.O.R、ブラコン、フュージョンの要素を持つ日本のポップスで あり、海の香りのする都会的なサウンドを作りたかった。丁度そん なとき、ヤマハのポプコンで<きゅうてぃぱんちょす>を見る機会 があったのです。後に<杉山清貴&オメガトライブ>となるメン バーで構成された<きゅうてぃぱんちょす>の演奏力は当時の彼ら の音楽を演奏するには申し分のない水準でじたし、何よりも杉山君 の強力なヴォーカルに注目しました。しかし、ヤマハのカラーに合 わなかったのでしょう、優勝できなかった彼らをこのまま埋もれさ せるには惜しいと思ったのです。そして<きゅうてぃぱんちょす> のメンバーには、それまで彼らが演ってきた音楽とは全く違う音楽 になることを了解してもらいました。私の考えた音楽によって洋楽 のリスナーを引き込むことが当初の狙いでしたが、歌謡曲のマーケ ットも、文化的な成長が著しかったあの時代なればこそとも言える、 入り込む余裕があったのだと思います。 __作曲家、林哲司の起用についてお聞かせ下さい。 藤田:以前から林さんのメロディ・ラインやリズムアレンジに魅力 を感じていました。当時、新しいA.O.Rサウンドを模索していた私 にとって、要求を満たしてくれそうな作曲家は林さん以外に考えら れなかったのです。期待通り、林さんは私が明確な理由をもって要 求する事柄については、いつも大変ピュアな姿勢で答えて下さった。 林さんと私の信頼関係は<杉山清貴&オメガトライブ>のプロジェ クトの中で大変大きな比重を占めているのです。 __<オメガトライブ>というグループ名の由来はいかなるものな のでしょうか? 藤田:関わった人達それぞれが、そしてファンに皆様もいろいろな 解釈をなさっていると思いますが、私の中では<輪廻転生>という 意味合いを持っています。始まりは終わりであり、終わりは始まり でもある。20年近い歳月を経た今、再び注目していただける機会が 与えられたことが、そのままこのグループ名のコンセプトなのです。 __藤田さんはレコーディング・スタジオでもかなり厳しいプロデ ューサーっであったと聞いておりますが… 藤田:バッキングに関しては、洋楽ファンが抵抗なく入ってこれる ように非常に高いレベルを要求しました。具体的に言えば、各楽器 の音色はもちろん、グルーブ感、テンション・コード、ハイセンス なリズム・パターン等は挙げられます。従って、スタジオ・ミュー ジシャンの起用も致し方なかったのです。そしてバックのサウンド を固めた後は歌入れです。表現者としてリスナーへ歌詞の世界を的 確に伝えるために杉山君にはいろいろとアドバイスしました。サウ ンドはあくまでもヴォーカルをバックアップするためのものであり、 大多数のリスナーにとっては歌詞の世界の方が重要だからです。録 音後のトラック・ダウン、そしてマスタリング作業でも細部にまで こだわりましたが、ここでの成果は当時の担当エンジニアだった清 水邦彦氏の力によるところが大きかった。 __アルバムのプロデュースにおいて苦労なさったことはあります か? 藤田:まずアルバムの核となる林さんの曲は、初めからアレンジを 含めて作られるので作曲とアレンジは切り離せない。そして杉山君 を中心とするメンバーの曲は松下(誠)さんや志熊(研三)さんに 林さんのカラーに近いアレンジをお願いすることによって林さんの 曲との統一感を持たせるように注意しました。林さんの曲以外にメ ンバーの曲を入れたのは、杉山君にとっては自分たちのメロディの 方が歌いやすかろうという配慮からです。次に、サウンド以上に気 を配ったのはアルバム全体に流れる詞の世界に一貫性を持たせるこ とです。これに関しては康珍化さん、秋元康さんを中心とする作詞 家の皆さんが本当に素晴らしい世界を描いてくださったと思います。 __藤田さんにとって一番印象に残っているアルバムは? 藤田:毎回、その時点でのベストを尽くしているので、敢えて選ぶ ことはできませんが、特別な思い入れがあるのは組曲「NEVER ENDING SUMMER」です。この曲は当時私の最愛の人に宛てた私 的な手紙で、ラヴ・ソングという形式を借りて伝えたいメッセージ を託したのです。他のアルバムも全て水準以上のものができたと自 負していますが、後期になると、完成された林さんの曲以外に、メ ンバー作品にも素晴らしい曲が増えてきました。そう言う意味では 『ANOTHER SUMMER』は全体のメッセージは稀薄ですが完成さ れた楽曲の集まったバラエティに富んだアルバムだと言えます。ア ルバム・ジャケットについてはサウンドのイメージを追求するとあ のようになりました。リスナーにとっても自由にイメージが拡がる ので良かったのではないでしょうか。 __藤田プロデューサーにとっての<オメガトライブ>とは? 藤田:実に抽象的な話しですが、人間には第六感というものがあり ます。あたかも自分自身のDNAと対話できたかのような感覚、これ を感じた時、人は自信を持っていろいろな事ができるのです。私に とって<オメガトライブ>での仕事がまさにそういう時期でした。 プロデューサーとして言うならば、<杉山清貴&オメガトライブ> の世界は完成しました。もし更に続けていれば、それなりに別のア イデアはあったと考えられますが、康さんも林さんもそして杉山君 本人もここで燃焼し切ったと私は思います。当時を振り返ると眠る 時間もないほどのスケジュールに加えて、プロデューサーとしての 立場上起こる摩擦や事務所の社長としての心労はハードなものでし た。そのような状況でのメンバーによる解散の決定はプロデュー サーとして冷静に受け止めました。始まりがあれば終わりはあるか らです。メンバーはそれぞれの活動を始めますが、各人の人世に とって<オメガトライブ>は大きな部分を占めているはずです。そ れは私にとっても同じことです。ここで皆にとって原点である<杉 山清貴&オメガトライブ>が再び聴いていただける機会を得るのは 実に幸せなことです。これこそが<輪廻転生>という<オメガトラ イブ>のコンセプトなのです。当時のファンの皆様はもちろん、当 時を知らない若い人たちにも、この<海の香りがする都会的なサウ ンド>と<日本語にまだ力があった時代の詞の世界>を聴いていた だきたいと思います。 インタビュー/2002年 1月 10日 聞き手・構成/近藤正義, 高島幹雄(Vap) 「EVER LASTING SUMMER S.KIYOTAKA&OMEGA TRIBE  COMPLETE BOX」封入ブックレットより


Bermuda Music Publishing

このページはフレームを使用しています。
単ページの場合は こちらから入り直して下さい inserted by FC2 system